造本の旅人 annex

このページは、RANGAIに不定期連載中の「造本の旅人」の楽屋裏、制作ノート的なものです。
「造本の旅人」は、好きな作品を、自由な発想で好きなように「本」にする試みです。
「本」とは、紙の束を綴じたものとは限らない。また、「ぽっぺん堂」は普段、豆本と呼ばれるサイズの本を手がけていますが、ここでは本のサイズも大小さまざまになっていくと思います。
ここは雑記帳のように、制作の途中に思ったつれづれを綴っていくスペースです。

「Incidents」ROLAND BARTHES


松岡正剛『擬』によって、あらためてロラン・バルト『偶景』を手に取り、制作を決めた。
今回難航したのはテキストの入力と本文の出力である。
テキストはペーパーバック版をもとに(原著は手に入らなかった)エディタに入力し、打ち出して引き合わせ校正を行った。


本文の出力はインクジェットプリンタを使用した。手差しするには用紙が小さく、うまく紙が送られないため、カセットに差し込んで両面を片面ずつ、根気よく印字した。
本編にも書いたが、レーザープリントは定着時にたいへんな高熱がかかるため、今回使用した紙のほとんどが使い物にならない(=熱で変質する、両面印刷ができない)。かといって、インクジェットは楽々なのかというと、そんなこともない。
印刷を前提としない紙がほとんどのため、すぐ詰まる。2、3枚重なって送られる。両面印刷なのでページずれは致命的だ。仕方なく紙を1枚ずつカセットに出し入れした。2冊分、64枚の紙の両面だから、100回以上カセットをガショーンガショーンと出し入れしたことになる。インクジェットプリンターの寿命をかなり縮めた気がする。やり方として、他人にはまったくおすすめできない。自分でももうしばらくはやりたくない。


手製本でしかできないことって何だろう、と時々考える。
プロダクトではできないこと。
変な形の本とか、手書きの本文とか、かがり糸が変わったものであるとか、いろいろ思いつくことはある。
今回は最も地味で、根源的なことをやってみたかった。
印刷機にかけられないような紙、折ごとどころか、毎ページ違う本文用紙。

できあがった本は存外ふつうの顔をしている。
いけないところなど、ひとつもなかった。

Un certain Ahmed, aux approches de la gare, porte un pull bleu ciel avec une belle tache de crasse orange sur le devant.
駅の近くで、アーメドという男が、前の方に見事にオレンジ色のしみのついた空色のセーターを着ている。

※邦訳引用は『偶景』(沢崎浩平/萩原芳子訳・みすず書房)より。
作品に収録したのは原文のみで、邦訳はこの文章のために付しました。